
From Dad
第5回 親父の子育て−アメリカ・サバイバル日記
アメリカに移り住んで19年。今はL.A.に自宅を持ち東京にはアパートを借りて、日米を往復する生活を送っています。
1985年30歳の夏、映画の助監督からTV番組やPR映画の演出となり、当時はまだVシネマと呼ばれる映画も無く、日本映画がまったく斜陽な時期でした。不景気な日本映画界を少しお休みして、映画を科学しているHollywoodを見てやろうという思いだけで、これといった仕事の保証も無く、また滞在期間もしっかり決めずにL.A.にやって来ました。(結果的にHollywood映画は科学ではなく、とても計算高いビジネスでしたが…。)
友人の会社からビデオ機材を借り、その会社のロサンゼルス支社という形でビザを申請して、取敢えずは商売ができる見せかけだけ整えてアメリカに移り住んだのです。当時はまだアメリカに大らかさが残っていた時代で、弁護士を通して書類さえ整っていればどこの馬の骨とも分らぬ輩にも駐在員のビザが発給されました。
(あの大らかなアメリカは何処へ行ってしまったのでしょうね・・・?)
30歳の夏、青春はとっくに過ぎており、行き当たりばったりの人生です。右も左も分らない生活は辛いこともありますが、エキサイティングでもあり、最初の1〜2年はあっと言う間に過ぎ去りました。そして全然覚悟ができていないのに・・長男、長女の誕生。
その時は分らなかったのですが、これが人生の大転機だったのです。子供達が居なければとっとと日本に帰っていたかもしれません。彼らが成長するに連れて、日本に帰るという選択肢は無くなり、アメリカで教育を受けさせようという思いが強くなってきました。
アメリカ社会は色々な問題を抱えていて特に最近は嫌な面が多く出ていますが、この国は様々な人種と文化や宗教が混在した幅の広い社会です。傲慢、強欲な人が多い反面、他人を思いやるボランティア精神を持った優しい人も多いのです。そして、教育への多様なアプローチは魅力です。アメリカで生活するチャンスを得た訳ですから、アメリカで子供達を育てる決心をしたのでした。
(2004/9/20)
